HOME > 大学情報 > 慶應義塾大学 用語集

慶大用語集

慶大生が日常会話でよく使う専門用語、または世間とはまったく異なる意味で使われる「慶大用語」をご紹介します。

あ行の用語

秋祭 (あきまつり)

毎年、秋にSFC(湘南藤沢キャンパス)で開催される学園祭。七夕祭とともにSFCでの大イベントとなっている。

銀杏伝説 (いちょうでんせつ)

日吉キャンパスの1年生のときに、銀杏並木の葉が落ちる秋までに彼氏・彼女ができなければ、在学中は恋人がつくれないという伝説。

銀杏並木 (いちょうなみき)

日吉キャンパスの入り口から記念館へ続く道にある銀杏並木。約100本の銀杏が植えられていて、日吉キャンパスのシンボルとなっている。
また、季節の移り変わりとともに景色を変え、四季折々の風景を楽しませてくれる。

應指 (おうし)

慶應義塾大学應援指導部の略称。通称、應指と呼ばれている。
彼らはライバル心の表れとして、「早慶戦」のことを「慶早戦」と呼ぶことにこだわりを持っている。慶早戦においては、彼らを中心に早稲田大学との応援合戦が繰り広げられる。

日吉キャンパスに東京六大学野球の各校を呼んで、応援合戦をすることも多い。入学式においても応援歌の演奏があるので一つのイベントとして楽しめる。

大銀杏 (おおいちょう)

三田キャンパスにある銀杏。大正時代にはすでに存在していたが、いつ植えられたものかはわかっていない。三田キャンパスの名所の1つとなっている。

か行の用語

カモ池 (かもいけ)

SFC(湘南藤沢キャンパス)のΩ(オメガ)館の隣に位置する池。正式名称は「ガリバー池」だが、ほとんどの人は「カモ池」と呼んでいる。その名のとおり、かわいいカモたちがよく浮いている。

カモる (かもる)

SFC(湘南藤沢キャンパス)のガリバー池(通称・カモ池)のほとりの芝生でゆっくりくつろぐこと。また、授業を「自主休講」するときにも使われる。

ガリバー池 (がりばーいけ)

SFC(湘南藤沢キャンパス)にある遊水池。人口の池であるがカモが飛来してくるので、塾生の間では「カモ池」と呼ばれている。

記念館 (きねんかん)

創立100年記念事業として日吉キャンパスに建設されたホール。入学式・卒業式などの式典時に使われるほか、普段は体育館として利用されている。
ちなみに、入学式では卒業50年目、卒業式では卒業25年目の塾員(卒業生)がそれぞれ招待される。これも慶應義塾大学の卒業生の結びつきの強さを象徴している。

協生館 (きょうせいかん)

創立150年記念事業として日吉キャンパスに建設された施設。大学院や宿泊施設のほか、音楽ホールや屋内プール、スポーツジム、飲食店などもあり、地域に開放された施設となっている。

共立薬科大学 (きょうりつやっかだいがく)

薬学部の前身。1930年に共立女子薬学専門学校として設立され、2008年に慶應義塾大学と合併した。2001年に全国で始めて大学構内に薬局を開局し、合併後も慶應義塾大学薬学部附属薬局として存続している。

銀玉 (ぎんだま)

東急東横線日吉駅にある銀色のオブジェ。駅前の待ち合わせスポットとしてよく使われる。正式名称は「虚球自像」と言う。

経基礎 (けいきそ)

商学部1年生時の必修科目、経済学基礎の略称。この授業の単位を取らなくては卒業することができない。ほかの必須科目としては、微積分や統計学が挙げられる。

数学が苦手な学生には鬼門かもしれないが、みんななんとなく乗り越えている。
だから、「数学ができない」という理由で商学部を受験しないということは、極力やめたほうがよいだろう。実際に数学ができない学生も多く存在し、そういう人でも卒業はできるのだから。

慶早戦 (けいそうせん)

慶應義塾大学と早稲田大学との対抗戦。特に野球の対抗戦を指す。一般には早慶戦と呼ばれるが、塾内では伝統的に慶早戦と呼んでいる。
慶早戦の歴史は古く両校の初の対戦は1903年11月21日に行われた。

ちなみに、授業日に慶早戦が行われる場合は、応援のために授業が休講となる学部もあるが、各キャンパス・学部ごとに対応は異なる。

さ行の用語

在日 (ざいにち)

日吉での教養課程を終えることができず、日吉キャンパスに留まること。つまり留年して日吉キャンパスに残ること。

再履 (さいり)

前年度に不合格になってしまった必修科目を、次年度にもう一度履修すること。すなわち再履修を略して再履と言う。
特に語学は次年度の履修に悪影響が出てしまうため、絶対に合格しなくてはならない。

三色旗 (さんしょくき)

塾旗。有名なペンマークと同様に塾生により考案された。この三色旗が塾旗として公認されたのは鎌田栄吉塾長が就任した1898年頃だと言われている。

自主休講 (じしゅきゅうこう)

授業をさぼること。「さぼる」より聞こえがよい。

実学 (じつがく)

表面的な知識の習得に留まらず、その物事の本質や仕組みを理解し学ぶ学問。今日に言う「科学」。福澤諭吉先生はこれを「サイヤンス」と訳した。 「実際に役に立つ学問」という意味は誤解である。

また、実学を実際の行動に活かせるよう学ぶことを「実学の精神」と呼んでいる。

信濃町メディアセンター (しなのまちめでぃあせんたー)

信濃町キャンパスにある図書館。初代医学部長である北里柴三郎博士の偉業をたたえて1937年に建設された。設立当初より医学や医療に従事する学外の方々にも開放されている。

芝共薬祭 (しばきょうやくさい)

芝共立キャンパスで行われる薬学部の学園祭。

塾生会館 (じゅくせいかいかん)

塾生会館とはサークルや各団体などの部室がある棟のことで、地下1階から4階まである。平日には多くの塾生がここに集い、練習や談笑などをして過ごしている。

気をつけなくてはならないのは、部室の鍵の取り扱いをしっかりすること。未施錠や未返却などが発覚すると減点され、減点が溜まると部室が使用できなくなるという罰則がある。楽しい大学生活にもこのような厳しいルールが存在するのだ。

塾歌 (じゅくか)

慶應義塾の校歌。 富田正文作詞、信時潔作曲。
このほかには、応援歌として「若き血」、カレッジソングとして「慶應讃歌」が有名。

塾監局 (じゅくかんきょく)

三田キャンパスにある慶應義塾の事務局総本部。建物自体も古く1926年に建設された。慶應義塾では教員や事務運営職員だけでなく、病院職員など数多くの職員が在籍する。

塾高 (じゅくこう)

慶應義塾高等学校のこと。日吉キャンパスでは高等学校が同じ敷地内にあるので「塾高生」を生協などでよく見かける。ちなみに、慶應義塾女子高等学校の略称は「女子高」である。

塾生 (じゅくせい)

慶應義塾に通う学生のこと。慶應卒業生は「塾員」と呼ばれ、教職員・塾生や塾員の家族などの慶應義塾関係者を「社中」と呼ぶ。
また、慶應義塾に関係する者がそれぞれの立場で協力し合って義塾を支える精神を「社中協力」と言い、この精神が今日の慶應義塾関係者の結びつきの強さに影響している。

塾生注目! (じゅくせいちゅうもく)

みんなの前で何か言うときに使う言葉。これに対するかけ声が「なんだ~!」である。さらに同意を表す場合は「そうだ~!」と言う。

塾長 (じゅくちょう)

慶應義塾の理事長。慶應義塾大学の学長を兼ねる。慶應義塾はいくつかの学校を設置しそれらを「一貫教育校」として特徴づけている。

ちなみに小学校である幼稚舎の代表を「舎長」。
中学校の普通部・中等部、湘南藤沢中等部・高等部の代表を「部長」。
高等学校、女子高等学校、志木高等学校の代表を「校長」と呼ぶ。

湘南藤沢メディアセンター (しょうなんふじさわめでぃあせんたー)

SFC(湘南藤沢キャンパス)にある図書館。図書や雑誌、DVDだけでなく、電子書籍や電子ジャーナルなどの資料もある。
また、音声・映像データの制作・編集ができる機器を備えているほか、レコーディングや撮影ができる音響・撮影スタジオがある。

情基礎 (じょうきそ)

SFC(湘南藤沢キャンパス)での授業「情報基礎」の略。パソコン操作や情報技術の基礎を学んでいく授業である。

情リテ (じょうりて)

日吉キャンパスにおいて商学部生が取ることのできる授業である。情報リテラシーの略。

この授業は主にマイクロソフト社のWordやExcel、PowerPointの使い方など、パソコンを有効活用できるような実践的な内容である。

履修には事前登録が必要で、希望人数が多い場合は抽選になる。ゼミや就職してからも役に立つ内容が多いので、ぜひ履修をおすすめする。

二郎 (じろう)

三田キャンパスの近くにあるラーメン屋。行列ができるほどの人気店。ボリューム満点。

先生 (せんせい)

福澤諭吉のこと。慶應義塾は福澤諭吉一人を先生として発足した。

福澤諭吉の元で学ぶ門下生達は、新たに入ってきた入門生達に教えながら、自らも先生から教わる「半学半教」という形をとっていた。

この伝統の名残で、現在でも「先生」は福澤諭吉のみを指す言葉となっている。

ちなみに慶應義塾では掲示物に生徒・教員の名前を載せる場合は「君」と表示する。日常的には教授のことを先生と呼んでも問題ないが、「~さん」と呼ぶ塾生もいる。

創想館 (そうそうかん)

矢上キャンパスにあり、名称には「創造と想像の拠点」という意味が込められている。
地下2階から地上7階までで、最上階からは新宿副都心やみなとみらいが見渡せる。

即レポ (そくれぽ)

授業中に抜き打ちで行われる小テストのこと。その授業で出された問題に即答えて、提出しなくてはならないレポートなので、即レポと呼ばれている。

これが出席点となって、単位の取得の如何に影響してくる。授業に出ればもらえるサービスのようなものなので、授業にはぜひ出てほしいものである。

た行の用語

体育会 (たいいくかい)

1892年に創設された部活の連合組織。当初は「剣術」「柔術」「野球」「端艇」「弓術」「操練」「徒歩」の7部だったが、現在は43の団体が加盟している。

七夕祭 (たなばたさい)

SFC(湘南藤沢キャンパス)の開設当初から行われている伝統の夏祭り。毎年7月に行われる。「たなさい」と呼ばれることもある。

学生や教職員、そして地域住民の協力により行われるSFC最大規模の行事である。当日はとても華やかな空間に生まれ変わる。学生の多くは浴衣やジンベエを着て参加する。

七夕伝説 (たなばたでんせつ)

SFC(湘南藤沢キャンパス)で1年生の七夕祭までに彼氏・彼女ができなければ、在学中は恋人がつくれないという伝説。

たまり

サークルや部活のメンバーで集まること。学食などで席を陣取ってたまりをつくる。

独立館 (どくりつかん)

創立150年記念事業の一環として2009年に日吉キャンパスに建設された。第4校舎として授業に使われるほか、留学生や日本人学生、教職員等のコミュニケーションを目的とした「日吉コミュニケーション・ラウンジ」が設置されている。

独立自尊 (どくりつじそん)

慶應義塾の基本理念。福澤諭吉先生は生涯を通じ「一身独立して一国独立す」と論じた。慶應義塾では各人が自己の尊厳を守り社会の風潮に迎合せずに、何事も自分で判断し行動することを求めている。

図書館旧館 (としょかんきゅうかん)

創立50周年を記念して1912年に建設された三田キャンパスにある旧図書館。
赤レンガと花崗岩によるゴシック様式で、大学を象徴する建物として有名。国の重要文化財に指定されている。

館内入口ホールの階段上を飾るステンドグラスには、慶應義塾のシンボルマークの由来となった"Calamvs Gladio Fortior"(ペンは剣よりも強し)という文字が記されている。

な行の用語

内部生 (ないぶせい)

慶應義塾一貫校からの内部進学者のこと。

は行の用語

半学半教 (はんがくはんきょう)

慶應義塾における教える者と学ぶ者が上下関係を持たず、互いに教え合い学び合うという精神。

パンキョー (ぱんきょー)

一般教養科目のこと。ちなみに慶應義塾大学では一般教養の正式名称は総合教育科目である。

ひようら

日吉駅をはさんだ反対側に広がる商店街のこと。飲食店が多く学食に飽きたらここに行く。

福翁自伝 (ふくおうじでん)

福澤諭吉先生の自叙伝。口語文体で書かれている。慶應義塾では毎年新入生に配られるほか、慶應義塾入職者にも課題図書として配られる。

福澤公園 (ふくざわこうえん)

三田キャンパス内にある広場。公園というほど大きいわけではない。ベンチが置いてありちょっとした休憩に最適。実は福澤諭吉先生の旧居跡。正式名称は福澤記念園。

藤山記念館 (ふじやまきねんかん)

塾員である藤山愛一郎氏の寄贈による建物。かつては図書館として利用されていたが、現在は多目的に利用されている。

藤原工業大学 (ふじわらこうぎょうだいがく)

理工学部の前身。王子製紙社長であった塾員藤原銀次郎氏により、1939年に創設された。
1943年には藤原工業大学の慶應義塾への寄附が合意され、翌年には慶應義塾大学工学部となった。1972年からは矢上キャンパスですべての授業を開始し、1981年に理工学部となった。

ま行の用語

幻の門 (まぼろしのもん)

三田キャンパスにあった旧正門(東門)の呼び名。現在は東門から続く坂の途中に移されている。
慶應義塾のカレッジソングに「幻の門」があることから、旧正門が「幻の門」と呼ばれることになったと考えられている。

蝮谷 (まむしだに)

日吉キャンパスの記念館裏に広がる雑木林のこと。かつては蝮がよく出たことで、このように呼ばれるようになったと言われている。

三田演説館 (みたえんぜつかん)

三田キャンパス内にある演説講堂。国の重要文化財に指定されている。
ちなみに、日本に自分の意思を相手に伝える手段として演説や討論を紹介したのは、福澤諭吉先生を中心とする慶應義塾の門下生であった。

三田会 (みたかい)

慶應義塾の同窓会。 福澤諭吉は塾員との交流を大切にし、塾員を集め園遊会をひらくなどした。

「三田会」という名は大正時代に入ってから使われ始め、その後、会社・職業別、卒業年度別、地域別三田会が次々と生まれた。ちなみに医学部の同窓会は「三四会」という。

三田祭 (みたさい)

毎年11月に三田キャンパスで行われる国内最大級の学園祭。

三田実 (みたじつ)

三田祭を運営する団体である三田祭実行委員会の通称のこと。トレードマークは三田祭と書いた赤い法被である。

前夜祭では豪華なアーティストが日吉キャンパスにある日吉記念館でライブを行っている。

三田評論 (みたひょうろん)

慶應義塾の機関誌。その歴史は古く、創刊されたのは1898年3月。最初は「慶應義塾學報」という誌名であったが1915年1月に現在の「三田評論」に改題された。

メディア (めでぃあ)

各キャンパスにある図書館のこと。他キャンパスから資料を取り寄せることも可能である。

メディアコム (めでぃあこむ)

正式名称はメディアコミュニケーション研究所と言い、主にメディア関連の研究をしている。
1年生と2年生が受験可能で、入所試験に合格すると研究生となることができる。企業が寄附する講座などもあり、実践的な研究が行われている。

それゆえ、メディア関連の業界に進む人が多いのが特徴である。ちなみに当研究所の前身は1946年に作られた新聞研究所であり、実に70年もの歴史を誇る。

や行の用語

ヤガマー (やがまー)

矢上キャンパスに通う学生のこと。ちなみに日吉キャンパスと矢上キャンパスは近いように見えるが、実は数分歩く。

矢上祭 (やがみさい)

毎年10月に矢上キャンパスで開催される学園祭。

山食 (やましょく)

三田キャンパス内にある戦前から存在する歴史ある学生食堂。「山食」という名称は塾生の間での愛称であったが、現在は正式な名称となっている。

諭吉前 (ゆきちまえ)

日吉メディアセンター前にある福澤諭吉先生の銅像。待ち合わせ場所としてよく使われる。ちなみに、この銅像にのぼった者は留年するという噂がある。

四谷祭 (よつやさい)

毎年11月開催される医学部・看護学部による学園祭。

ら行の用語

来往舎 (らいおうしゃ)

日吉キャンパスの研究室棟。1階にあるエントランスやシンポジウムスペースではさまざまなイベントが行われる。
また、建物内には教員や一般の方も利用できる食堂であるファカルティラウンジが設置されている。

来日 (らいにち)

専門課程のキャンパスに通いながら、日吉キャンパスにも教養課程での必修科目を受けに通うこと。必修科目を未取得のまま、日吉キャンパスでの教養課程を終えてしまうと起こる。

理工学メディアセンター (りこうがくめでぃあせんたー)

矢上キャンパスにある理工学部の図書館。松下電器産業(現パナソニック)株式会社の創業者である松下幸之助氏の資金援助により建設された。

Reshruit (りしゅるーと)

塾生総合研究所というサークルから発行されている情報誌(一部500円)。
日吉キャンパスで開講されている授業について、単位の取り易さやテストの形式などの情報を掲載している。情報は塾生のアンケートによる。

わ行の用語

若き血 (わかきち)

慶早戦で慶應義塾大学が得点したときなどに歌う伝統の応援歌。
⇔「紺碧の空」(早稲田大学の応援歌)

HOME > 大学情報 > 慶應義塾大学 用語集
pageTop
Copyright©Kawaijuku Educational Institution.
All rights reserved.